とある日本酒専門店のカウンターでの出来事。  お盆の期間はいつもと違う客層が訪れます。 帰省で来られるお客様、観光で来られるお客様。 地酒を楽しんだり、珍しいお酒を飲みたかったり、オーダーもさまざまです。   今宵はちょっと珍客が御来店したようですよ。 覗いてみましょう。。。      カランカラン… 『こんばんわ~~~~ん。』   明らかな酔っ払いが入店してきた。 その男、歳のころ、65歳ほどの中年の男性であった。 お断りしようとしたが 一度きたことがある、というのでお通しすることにした。   お客様、ではこちらの方にお掛けください。     うい~~~っと。。。 お客様は席の案内を聞いていなかった。 大丈夫かと思ったが一度通してしまった以上仕方ない。     ひとまず、いつも通りにオーダーを伺ってみた。 『ぼくさあ、何を飲むか知ってる?地酒のアレしか飲まないんだよ』     … …… (さっぱりわからん。そもそも二回目だろ。前回いつなんだよ。) 『覚えてないの? じゃあいいよ!!!とりあえず何か酒をだしてくれ!!』 その中年男性は投げやりにそう言ってきた。   その時はほかのお客様もいたのだが、 何かよからぬ空気を察したのか カウンターの隣にいたカップルがお会計を求めてきた。 (ちくしょう。あんたのせいで他のお客様が帰ってしまったじゃねえか。)   しかし、こちらもプロ 受け入れた以上はそれなりのサービスで対応せねばなるまい。 あまり、気が向かなかったが、 お酒を提供した後にその中年の男性に話しかけてみた。 『そちらのお酒の味わいはいかがだったでしょうか?』      するとおじさんは静かに口を開いてこういった。 『なあ!知ってる!?ぼくね、高知の人間でさ、 しかも地元の酔鯨の日本酒しか飲まねえって前回言っただろ??  きみ、覚えてなかったの?!君はプロ失格だよ!!もう帰る!!』        『…申し訳ございません。』 まだ他のお客様がいる。 喧嘩腰で対応するわけにいくまい。   イライラする感情を深呼吸で整え 中年男性が帰った後なにかモヤモヤした感情を引きずりながらその日の営業は終わった。      しかし、妙に気になった。 なぜ、あの中年男性はそんなに酔鯨にこだわっていたんだ?? あんなキレ方ってあるかよ、普通。     なんか、理由があるのか????      次の日のこと。    台風が近づいていてその日はお客様がまばらだった。 『お盆だというのについてないな~~。 でもこんな日だからこそ、いいことあったりするよな。 がんばっていくか。』     予想通り、お客様の入りはまばらだった。    その時、扉がひらいた。    カランカラン…    (お!お客様だ!ついてる、ついてる!)  『こんばんわ~~~ん…』     …   (悪夢だ。)    あの中年の男性がそこに立っていた。  … 断りたい… そんな感情が一瞬、よぎったが、 昨夜なぜあんなに怒ったのか、 妙に気になったこともあり、 今宵も受け入れることを決めた。      『さ、僕にお酒を出してくれるかい?』      『かしこまりました。』   ちょうど、商品入れ替えのタイミングだったので 万が一の為に仕入れておいた酔鯨を提供した。      『そっか、ありがとう。 僕の言葉を気にして、ちゃんと仕入れてくれていたんだね。』      『もちろんでございます。  本日の酔鯨は純米吟醸の酔鯨でございます。』      心の中であっかんべをしながら、 低い口調でそう答えた。    ひとまず今日は怒られず安堵した。       続けて男性は話をしてきた。   『悪いが酔鯨はもう一つコップにもらえるかい?』       (…??? どういう意味だ??)    言われたとおりに酔鯨をもう一つ注いだ。      『…僕がね、   酔鯨にこだわっているのは理由があるんだよ。    今はお盆だろ? 母ちゃんがさ、今年遠いところに行ってしまったんだ。』    …    わたしはドキッとした。   (そうか。気難しいオヤジかと思っていたが、このオヤジは今、傷心していたのか。    もし、最愛のパートナーがこの世から消えてしまったとしたら私だって正気でいれる自信はない。)     中年の男性は話を続ける。      『でさ、僕は今まで まったくもって、カミさんの為に尽くすって事が できなかったんだけど そのカミさんが地酒の酔鯨がすごく大好きだったんだよ。 今日はねお盆だから帰ってきてくれる日だろ?  この世にいる間は何もできなかったけど、 今、僕はこの場でカミさんと一緒に酒を酒を飲んでいるんだ。    今頃になって馬鹿な男だよね。       ふう。。。。        …  しかし、    これは僕が今まで飲んできた酔鯨じゃないね。 新しい酔鯨? 酔鯨って昔は雑味の多いイメージだったけど これは酒単体ですごく美味しいじゃないか。 何だろう、    このチリチリとした細かい泡みたいな感じ。   すごくキレがあって旨味もある。    すごくうまいよ。    これはカミさんも喜んでくれただろうなあ。 』       中年の男性は酔鯨を口に含むと、 何か、切なそうにながらも 嬉しそうに、そう言ってくれた。        『にいちゃん、昨日は悪かったね。 僕もどうかしていたよ。』      『いえ、わたしこそ気づけずにすみませんでした』       『さて、今日はありがとう。 これで僕の気持ちの整理もついたよ。 この世で残された時間を使ってカミさん孝行していくよ』           今日は 昨日とは違って、  気持ちの良い代金をうけとり、お客様はお店を出た。              … 酒には 一人一人のストーリーがある場合があります。 時に、バーテンダーは 銘柄や味わいでお客様の本当に飲みたいお酒をセレクトするだけじゃなく、 お客様の心に寄り添い、  そのストーリーで選ぶ必要があるのです。 酒と人の交わるショートストーリー。 ~酔鯨~純米吟醸編~ ※このストーリーは一部フィクションですが 大多数はマスターの妄想世界なのでご安心して御来店ください。


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